第18章 大阪府で再始動

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18-1 大阪トリガー発動!

鹿児島市役所での情報システムの仕事は、至って順調だった。

自分の得意分野ということもあり、一つひとつの仕事をしっかり丁寧にこなしていった。

大きなミスもなく、休職することもなかった。

そして、あれほど私を苦しめていた「存在X」の出現も、いつの間にかなくなっていた。

仕事は順調。

このまま鹿児島で働き続けるのかな。

そんなことを考えていた、ある日のことだった。

一本の電話が鳴った。

相手は大学時代の友人。

「仕事で人員が不足していて、後任を探している」

という話だった。

詳しく聞いてみると、以前大阪に住んでいた頃、一緒に飲んだことのある社長の会社だった。

そして条件を聞いて驚いた。

「めっちゃいいじゃん」

これはチャンスかもしれない。

そう思った私は、半分冗談、半分本気で聞いてみた。

「私ならどうですか?」

すると返ってきた言葉は、

「善ちゃんなら助かる」

だった。

その瞬間、心が動いた。

「行くから履歴書書きます」

ほとんど即答だった。

公務員の仕事にも満足していた。

ただ、会計年度任用職員という立場上、基本的には年度ごとの契約。

毎年「来年も更新されるだろうか」という不安が、心のどこかにあった。

そんな時に舞い込んできた、この話。

しかも場所は――

大阪。

かつて暮らし、そして大好きだった土地。

心が躍った。

私の人生をもう一度動かす「大阪トリガー」が発動した。


18-2 大阪行き決定

早速、履歴書を書いて提出した。

すると社長は、わざわざ鹿児島まで面接に来てくれた。

面接は終始和やかな雰囲気で進み、無事に大阪行きが決定。

新しい仕事では、大学施設の管理業務とシステムエンジニア。

二足の草鞋を履くことになった。

大阪行きが決まってからの行動は早かった。

市役所の主幹に大阪行きが決まったこと、そして退職することを報告した。

新しい仕事は2026年10月から。

8月いっぱいで市役所を退職し、10月から大阪府高槻市で新しい仕事を始める。

人生の次の予定が、一気に決まった。


18-3 壮大な送別会

大阪行きが決まったことを人事課にも報告した。

すると、皆さんが自分のことのように喜んでくれた。

そして驚いたことに、壮大な送別会まで準備してくれた。

会場は山形屋。

私に関わってくれた大勢の方々が集まってくれた。

自分一人のために、これだけ多くの人が参加してくれる。

その光景を見ていると、いろいろなことを思い出した。

公務員として働いた経験。

仕事で関わった人たち。

うまくいったこともあれば、悩んだこともあった。

それでも最後に、こんなにも温かく送り出してもらえた。

公務員を経験できたことは、私の人生にとって大きな財産になったと思う。

大勢の人たちからもらった温かい気持ちを胸に、もう一度頑張ろうと思った。

少し涙が出た。

こうして私は、公務員を卒業した。


18-4 大阪へ

大阪行きが決まると、今度は新生活の準備が始まった。

まず一度大阪へ行き、住む部屋を決めた。

鹿児島へ戻ってからは引っ越し準備。

冷蔵庫を買ったり、洗濯機を買ったり、荷物をまとめたり。

とにかく大忙しだった。

それでも、なんとか引っ越しを無事に終えた。

そして、ついに大阪へ向かう日が来た。

母親は、どこか寂しそうだった。

妹はいつもの感じ。

そして、ばあちゃんは号泣していた。

そんな家族を見ながら、私も思った。

「大阪で成功しよう」

南国交通のバスに乗り、鹿児島空港へ向かった。

いよいよ次のステージが始まる。

ワクワクする気持ちが半分。

そしてもう半分は、

「今度こそ失敗しないようにしよう」

という気持ちだった。

過去の大阪生活では、いろいろなことがあった。

だからこそ今回は、焦らず、自分の心と生活を整えながら進んでいこうと思った。

飛行機が滑走路を走り始める。

そして離陸。

窓の外に鹿児島の景色が遠ざかっていく。

さらば、鹿児島。

一つの時代が終わったんだな。

そう思うと、胸にこみ上げてくるものがあった。

でも、これは終わりではない。

次の人生の始まりだ。

48歳。

もう一度、大好きな大阪でやり直す。

大阪生活、第二期。

ここから、私の新しい人生が始まる。

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