第9章|鹿児島編 第1期 転機 大阪へ

失業期間、そして大阪へ


9-1 失業期間

 失業者になった。

 幸運なことに、病気を発症したことで
失業保険300日給付を受けることができた。

 最初の100日は、完全に抜け殻だった。
何もしなかった。

 200日を過ぎた頃、
気晴らしに近くのアミュプラザのドトールへ行き、
コーヒーとタバコを吸うようになった。


 自己破産したことで、
お金に対する不安は不思議となくなっていた。

 自己破産を契機に、キャッシュ・フロー計算書を作成。
本を読み、将来のために投資信託の積立投資も始めた。

 お金は、勝手に育っていった。

 失業保険もあり、家賃も払える。
生活に対する不安は、ほとんどなかった。


 ただし――
自分自身はボロボロだった。

 薬漬けになり、副作用に絶望した。

 眠れるようにはなったが、
体は太り、体重は100キロを簡単に超えた。

 急激に老化した。
本当に、醜かった。

 人に見られるのが嫌になり、
再び家に籠もる。

 最悪のスパイラルに突入していた。


9-2 大阪採用が決まる

 300日給付の終わりが近づき、
不安が募っていた頃。

 気分転換のつもりで、
東京のシステム会社時代にお世話になった先輩に電話をした。

 本当に、たまたまだった。


 話を聞くと、先輩は大阪へ行くという。

 東日本大震災を受け、
花王のシステムを BCP(事業継続計画) として、

 東京が機能しなくなっても、
大阪でシステムが動くようにするプロジェクトが
立ち上がるという話だった。

 しかも、
人を探しているという。


 「これだ」

 そう思った私は、
ダメ元で立候補するから上に相談してほしいと、
先輩に懇願した。

 2週間後、連絡が来た。

 大阪で会おう。


 私は「来た」と思い、
一目散に大阪へ向かった。

 そこには、
東京時代に対立していた部長と、その右腕が待っていた。

 会って、
「働く意思がある」
それだけを伝え、ホテルへ戻った。


 すると、ホテルで電話が鳴った。

 会長からだった。

 「元社員が社長をやっている会社がある。
  そこで面接を受けろ」


 東京のシステム会社では、
対立派閥が天下を取り、
私のメンターはすでに辞めていた。

 そして、駆逐された人間たちは
次々と大阪へ異動していた。

 私はすでに退職していたため、
再雇用は難しかったのだろう。


 その社長と面接。

 お互いゴルフ好きだったことが功を奏し、
帰りの新幹線の中で、採用が決まった。


9-3 希望を胸に、大阪へ

 私は、大阪が楽しみで仕方なかった。

 ・阪神タイガースを応援できる
 ・鹿児島へ新幹線で帰れる
 ・鹿児島県人も多い

 何か、運命ではないかと感じていた。

 もう鹿児島へは帰らない。
一生、大阪かもしれない。

 それくらいの気持ちだった。


 そこからは、先手必勝

 1週間で部屋を決めた。

 職場は本町。
地図と地下鉄路線を見て、
大阪環状線・梅田近くの 弁天町 に決めた。


 2DK。
風呂・トイレ別。
家賃も安い。

 東京にある「更新料」が大阪にはない。

 地下鉄駅まで徒歩3分。
交通も最高。

 スーパー、コンビニ、KONAMIのジム、打ちっぱなし。
バスはなんばまで。
タクシーでも中心部から安い。

 文句のつけようがなかった。


 そして、大阪行きを決意。

 大阪への新幹線。
母と妹が、ホームまで見送ってくれた。

 別れ際、
「もう当分、鹿児島へは帰ってこない」
「一生、大阪かもしれない」

 そう思い、悲しみをグッと堪えた。


 新幹線が動き出す。

 母も妹も、号泣していた。

 私は、
AKBの 「ファーストラビット」 を聴きながら、
新幹線の中で号泣した。


傷つくこと 恐れはしない

何があっても 怯まずに

自分の夢を探しに行く

最初のうさぎになろう。

今振り返ると、あの頃の私は、暗い夜が晴れ、希望に満ちていた。

第10章|大阪編① 新天地での生活へ続く

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