第1章|パソコンとの出会い(幼少期編)

私のことを、すべて語ります。
48歳までの、私の履歴書です。

現在まで全17章構成
暇つぶしに、気楽に読んでください。


はじめに

私は、自分の人生をよく競馬に例えて考えます。

今は、有馬記念。
第3コーナー最後方、絶望的な位置から、
マクリ体勢に入ったところです。

ゴールドシップのように。


ここからは、
4歳から48歳までの話になります。
少し長くなりますが、お付き合いください。


パソコンという存在。
それは一生かけて背負う宿命であり、
もしかすると使命なのかもしれません。

過去を遡ると、
一番古い鮮明な記憶が、すでにパソコンでした。


1-1|PC-8801

日本でパソコンが、ようやく一般に浸透し始めた時代。
巷ではインベーダーゲームが流行り、
古い人だと名古屋打ちに没頭していた頃。

数年後、私が生まれました。

そして4歳くらいだったと思います。
親父が、家を買う前に散財し、
母にドヤ顔で買ってきたもの。

それが、家庭用パソコン史に革命を起こした
NEC PC-8801でした。

緑色の画面。
謎のカセット。
フロッピーディスク。

私は何も分からないまま、
ガンダムのゲームをしていました。

興味があれば、YouTubeで検索してみてください。
それが、私の一番古い鮮明な記憶です。


1-2|PC-9801

小学校後半から中学生になると、
時代はPC-9801へ。

カラー画面になりましたが、
やっていることは相変わらずゲームばかり。

ハマったのは、任天堂のゴルフ。
これが、私と任天堂のファーストコンタクトでした。

倉庫番、ドアドア、ギャラガ。
そんなゲームばかりやっていました。

ちなみに我が家は、
ファミリーコンピュータ発売時に、
なぜか親父がSEGAのSG-1000を購入。

そこから、なぜかSEGA一筋。
ファミコンは友達の家で少し触る程度。

今思えば、
かなり異色な存在だったかもしれません。


当時、IT技術的なことは何もしていません。

プログラミングといえば、
雑誌に載っているプログラムを
意味も分からず、そのまま打つだけ。

ドラクエの「復活の呪文」を
本を見ながら必死に打つ、
あの感覚に近いです。


もし親父が、
マーク・ザッカーバーグの父親のような人だったら。

英才教育を受けて、
ホリエモンくらいにはなっていたかもしれない。

…なんて、
たまに後悔することもあります。


そして高校、大学時代。
Windows95が登場し、
パソコンマニアの世界を席巻。

世界は、
Microsoft一色に染まっていきました。


第2章|Windows98登場(大学時代編)に続く

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