
15-1 障害者になる
――人生のどん底で見えた分岐点
私は、
すべてを失った。
失敗を繰り返し、
再び失業期間300日の申請。
正直、
「人生、詰んだ」
と思った。
死のうと考えたこともある。
街を歩けば、
子どもを連れた楽しそうな家族。
恋人同士でデートする人たち。
それを見るだけで、
強烈なストレスと無常感に襲われた。
テレビでは、
無差別殺人事件のニュース。
犯人が同年代だと知り、
一瞬、同情してしまうほど、
自分の精神状態は危うかった。
そんな私に、
心療内科の先生は言った。
「これからは、
障害者として生きていきましょう。
障害年金をもらいながら、
ゆっくり立ち直るしかありません」
逃げ道のない宣告だった。
私は、
精神障害者として生きていく
ことになった。
だが今思えば、
この瞬間こそが
一つのターニングポイント
だったのかもしれない。
15-2 公務員になる
――人生初の「安全地帯」
ある日、
「市民のひろば」を眺めていると、
障害者向け求人の広告が目に入った。
妹が、
誰よりも早くそれを見つけ、
教えてくれた。
面接を受け、
結果は――
合格。
入ってから聞いた話だが、
「パソコンができる」
という理由が決め手だったらしい。
倍率もかなり高く、
狭き門だったそうだ。
本当に、
運が良かった。
仕事内容は、
事務の軽作業。
ハンコを押す。
封書をする。
たまにパソコン入力。
ただし、
期間は3年限定。
それでも私は、
「働ける」
という事実だけで十分だった。
公務員――
ゲーム『Fallout』で言えば、
核戦争後の世界にある
ボルトテック(安全地帯)
の住人。
そんな感覚だった。
何より大きかったのは、
自分の時間ができたこと。
仕事が終わったら、
ジムに行き、
Webデザインのオンライン授業を受ける。
「公務員として働く自分」。
それは、
私の人生観を
大きく変えた出来事だった。
15-3 障害者たちとの出会い
――価値観がひっくり返った場所
職場には、
私と同じ精神障害者、
身体障害者の方々がいた。
彼らと一緒に働く日々は、
驚きの連続だった。
コミュニケーションの形は、
人それぞれ。
それが逆に、
私の好奇心を刺激し、
楽しかった。
聴覚障害の方から、
簡単な手話を教わったり。
全盲なのに、
驚異的なスピードで
パソコンをタイピングする人がいたり。
同じ精神障害について、
率直に語り合ったり。
この職場には、
強い仲間意識があった。
今でも、
何人かは
私の大切な友人だ。

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