第5章|鹿児島編 第1期 新生活開始

人生転落への道


5-1 新たな生活開始

 泣きながら会社の直前まで行き、気持ちを切り替えて初日の仕事を終えた。
会社形態は東京時代と同じ。鹿児島県・熊本県の有力企業に常駐して働くスタイルだ。まずは自社開発の手伝いから始まった。

 私生活では、鹿児島市内、母方祖母の家の近くにある1DKのマンションに、母と妹、私の3人で暮らし始めた。

 ようやく、なんとか立ち直るための第一歩を踏み出せた気がして、少しだけホッとした。


5-2 人生転落開始の狼煙があがる

 仕事中、携帯電話が鳴った。
タバコを一服している最中、私服の時間だった。

 だいたい仕事中にかかってくる電話は、ろくな話じゃない。
嫌な予感を抱えたまま、気持ちを入れ替えて電話に出た。

 銀行からだった。

 親父が自己破産し、連帯保証人である私と母親に、残りの返済をしてほしいという内容だった。
せめて金利だけでも支払えないか、という。

 間を置かず、今度は親父の会社の顧問弁護士から電話が入った。
「お父様と会ってほしい」

 借金の総額を聞いて、言葉を失った。
どう考えても、払える金額じゃない。

 ――嘘だろ。

 退職金もある。家もある。
区画整理で引っかかった、じいちゃんの自宅の立ち退き料もあったはずだ。

 その日、仕事はまったく手につかなかった。
帰宅後、母と妹と3人で対策会議を開く。

 まずは、父方の祖母に援助を頼めないか。
そう決めて、直談判することになった。


5-3 ばあちゃんに決死の直談判

 父方の祖母は、地元・伊集院では知る人ぞ知る存在だった。
大好きだったじいちゃんと商店を営む傍ら、スーパー投資家として知られ、時には金貸しまでしていた、いわゆる「ただ者じゃない」ばあちゃんだ。

 幼少期、私はじいちゃんと早起きして鹿児島中央の朝市へ行き、飯牟礼まで品物を配達するドライブが大好きだった。
たまに所有していた山(今の城西グラウンド)へ行き、本家の昔話をひっそり聞かせてもらったこともある。

 伊集院で初めてゲームセンターを作ったのも、善福商店だった。
かなり儲かったらしく、町の溜まり場だった。
私は、ばあちゃんの家に行くと少しお金をもらい、最新のゲームをやりまくる――そんな幼少時代を過ごしていた。

 しかし、ばあちゃんはなぜか我々・善福家を軽視していた。
子どもたちからは必ず毎月お金を回収し、私が生まれるとすぐに死亡保険をかけるほどだった。当然、ばあちゃんの子ども全員に対して、だ。

 株式投資の才能は天才的だった。
新日本プロレスを見ながら、必ず傍らには株価紙面。
くも膜下出血を経験しても呆けることなく生き延び、親族が亡くなれば保険金をきっちり受け取る。

 それでも、お金は使わず、ひたすら貯め込んでいた。
ある日、妹がふと通帳を盗み見たら、引くほどゼロの桁が並んでいたという。

 その資金を頼りに、私と母は親父のいない時間を見計らって実家に戻り、ばあちゃんに直談判した。

 だが、結果はあっけなかった。

 ばあちゃんは、名古屋で社長をしている義理の息子にゾッコンで、すべてを賭けていた。
善福家より柳家を重視していたのだと思う。

 その社長に電話すると、返ってきた言葉は――
「甘い。自業自得だ。出直せ」

 ばあちゃんも「そういうこと」と一蹴した。

 自分の子どもを助けないのか。
鬼だと思った。

 私と母は、ただ途方に暮れるしかなかった。

 今になって思う。
ばあちゃんは、善福家に何か深い復讐心を抱いていたのだろうか。
じいちゃんの墓に柳家の名前を刻んだのも、その延長だったのか。

 真相は、ばあちゃんが墓まで持って行った。
まるで韓国ドラマの復讐劇のようだ。

 東市来の養母のもとにいる「心の師」は、こう言った。
これは、これから善福家を生きる私に課せられた、人生の課題なのだと。

第6章|鹿児島編 第1期 自己破産に続く

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