
16-1 メンターの死
――喪失と、残された者の決意
公務員の仕事を始めて、
2年目の夏。
それまで頻繁に連絡をくれていた
メンターから、
電話もメールも来なくなった。
嫌な予感がして、
東京時代の代表に連絡を取った。
そこで、
メンターの死を知った。
自宅のベランダで、
持病の脳梗塞により倒れていたという。
孤独死だった。
墓の場所も分からないとのことだった。
私は、
泣きまくった。
そして、また絶望した。
近くにいた先輩に連絡し、
一緒にメンターの自宅へ向かい、
静かに手を合わせた。
鹿児島で会ったのが、
最後だった。
「香港のヒルトンで、また飲もう」
あの約束が
果たせなかったことが、
悔しくて仕方なかった。
だから私は、
一つ決めた。
メンターの死を、
無駄にしない。
自分が死ぬとき、
仲間たちが私のことを思い出し、
楽しく、爆笑してくれる。
そんな人生を、
残りの時間で
必ず実現しようと。
16-2 親父との再会、そして休職
――限界を知った日
メンターの死をきっかけに、
「何かを変えなければ」
そう思った。
意を決して、
親父と会うことにした。
一緒に、
串木野の冠岳温泉へ向かった。
だが――
会話が、成り立たなかった。
あまりの情けなさに、
絶望した。
恐怖すら感じた。
温泉の近くで、
通りがかった人に助けを求め、
串木野駅まで送ってもらい、
その場を後にした。
その夜、
眠れなかった。
そして、
存在Xが復活した。
「これは、死んだな」
そう思うほど、
追い込まれていた。
夜が明け、
生きていたのが
不思議なくらいだった。
翌日、
心療内科を受診。
3か月の休職を宣告された。
だが、後になって知る。
このとき、
自分が公務員だったことが
どれほど幸運だったかを。
本当に、
関係者の皆さんには
感謝しかない。
16-3 ドラマー善福、復活!
――失われていた何かが動き出す
休職中のある日。
鹿児島中央駅・一番街を
ふらふら歩いていると、
音楽スタジオが目に入った。
意を決して、
店に入る。
「ここ、スタジオなんですね。
ドラム、ありますか?」
店員さんは、
ニコニコしながら言った。
「ありますよ。
今、スタジオ空いてますけど、
叩いていきます?」
――電撃が走った。
失っていた何かが、
動き出した瞬間だった。
「やります」
1時間、
無心でドラムを叩いた。
さらに店員さんが言った。
「近くにレッスン受けられる所ありますよ。
今なら無料体験もできます」
これは――
天啓だと思った。
大学時代、
やりまくっていたドラム。
もう一度、
やろうと決めた。
音楽は、
「音を楽しむ」と書く。
ドラムが、
楽しくて仕方なかった。
間違いなく、
何かが変わる
運命的な一日だった。
私なりの
「ぼっち・ざ・ろっく」が
始まった瞬間だった。
16-4 3年終了。そして。
――導かれるように、今ここへ
休職期間を終え、
職場へ復帰。
面談の結果、
休職していたにもかかわらず、
これまでの実績が評価され、
情報システム部門で
働くことになった。
今となっては、
「何かに導かれて、
ここにいる」
としか思えない。
今は、
日々に感謝する毎日だ。
やることがあり、
毎日が楽しい。
これからも、
楽しく。
ゆるく。
でも気を抜かず。
一歩一歩、
進んでいきたい。
第17章|最強のこれからへ続く

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